鮎川ピンポンアカデミー

鮎川正興の指導する佐賀の卓球教室 AYUKAWA PingPongAcademy

 

甘くち辛くち(2004.5.24~2005.4.11)

クリックすると大きい画像がご覧いただけます。

100人の教師より母親

2004.5.24

思いやりと感謝の気持ち

2004.8.10

五輪を振り返って

2004.10.26


病を乗り越えて

2005.1.21

科学の未知な世界

2005.4.11

 

病歴

1998年 スキル性胃ガン 胃全摘出
脾臓摘出…余命半年
1999年 リンパにガン再発…余命半年
免疫力高める自然食品服用1日約5,000円
2006年 網膜剥離手術
2008年 脊柱管狭窄症脊柱3本手術

 

遺書

闘病中の病室にて

陽子さま
もしものことがあったらあとはたのむ。
有希子は私の生命保険を大事に使って大学を卒業させてくれ。
私がいないあとは小城、大川の母と有希子との一番重要な所にいるから、今までのように目先の判断ではなく、2年3年先はどうなるかと一歩先を考えて判断するように。有希子は佐賀の病院で勤務させるように、いろいろ関係の方に頼むように。佐賀の地で十分活躍できるから小城の家大川の家、大変だけどギリギリまで守ってくれ。特に大川の家は明美さんと相談し、有希子の代まではつぶさないようにいろいろ考えてくれ。いつもおこられてばかりだがよく面倒を見ていただいた。いやな顔をいつも見せずに。テレビを見ていても"お茶、果物、チャンネルかえ"いやな顔一つ見たことがない。感謝している。
今度生まれ変わっても必ず君と一緒になるだろう。本当に心より感謝している。
有希子の保護者として心を強く持ち、体に注意して頑張るように。

平成10年1月12日午前5時30分 医大にて

 

 

有希子へ
毎日勉強大変だけど頑張るように。入院してみて、若い先生、方看護婦さん、目が輝いている。本当のプロの意識が伝わってくる。何かを学んでいる姿、看護の姿、本心が伝わってくる。有希子も西高時代、河合塾の時代そうゆう目をしていたような気がする。大学に行くのが目的ではない。大学で学び、その先が本当の目的である。
今、一番必要な時、西高・河合塾時代の目を忘れず輝ける目を持って学ぶように。
もしものことがあったら母を助けてくれ。なるべく佐賀に帰って病院に勤めるように。佐賀の地でも十分活躍できるから。
患者さんの身になって治療を、そして病気のことも考える先生にならなければいけない。一方のみを考えてはいけない。有希子はできるから。物事を客観的に見て判断すること。
あと鮎川、津村両家をたのむよ。

 

平成10年1月12日午前5時40分 医大にて
 

 

 
 
 
 

 
 
 
 

ページトップ

Copyright 2012 AyukawaPingPongAcademy All Rights Reserved.